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「○○から■■探して!」と言われると、人は無意識に「正解」を探してしまうらしい

スーパーの店員として活躍できるように研修という名の研鑽を積んでいた今日、ちょっと面白いエピソードがありました。

今日やったのはレジ研修で、レジの基本的な操作を基軸に、客対応も含めたレジ作業の一連の流れを教わるという内容だったのですが、この研修の中で以下のような流れがあったんですね。

研修トレーナー
「はい! それではレジのタッチパネルの画面内から『甘夏』のボタンを探して押してください!」

一生懸命、画面内から『甘夏』のボタンを探すがどこにも見当たらなく、頭の中は"???"という状況。

心の中で…
(あれ? 『甘夏』って果物だよなぁ…でもなんで"果物"のカテゴリに見当たらないんだ? もしかして"野菜"のカテゴリにでもあるのかなぁ… あれ? "野菜"のところにもないし! どこだ?)

そんな風にしていたら、他のレジで研修を受けていた人も見つからない様子。

一体、どこに『甘夏』のボタンがあったのか?

予想がついている方も多いと思いますが、実際には『甘夏』のボタンなんて画面上のどこにもなかったんですよ。トレーナーが「はい! 実は『甘夏』というボタンはありませんッ!」という言葉を聞いたとき、その場にいた研修受講者全員は「ああ〜!」という感じで、その扱われ方に少し違和感がありながらも納得したような声を上げました。

上手く伝えられてないかもしれませんが、この時私が感じたのは、「"画面上から" "『甘夏』のボタンを探して"ください!」という風に言われると、無意識に「画面上に『甘夏』のボタンがある!」と僕だけでなく、その場にいた全員が思ってしまった*1という研修での一場面が、いかに「正解主義に犯されている人が多いのか」ということの証明になったようで面白かったということです。

ニート(?)生活をしている際には「正解なんて、人生にさほど多くはないよな」とか思ったりしていた自分ですら、研修という名の下で指示されたことを覚えていくという文脈が与えられたらあっという間に陥ってしまうこの「正解主義」、色々と厄介なんだなぁと思った次第です。

参考記事 : 日本をダメにした「正解主義」の呪縛を解け : 日経ビジネスオンライン

*1:であろうとおもいます。