Q.「何でTwitterしてるの?」- A.「それは発言を一旦受け入れてもらえるからだね」

今日のはてなブックマークのホットエントリに"Twitter"の使い方に関するものが上がってきているみたいです。その中でも、私が読んでいて「なるほどなぁ」と感心した記事がありますので、紹介致します。

この記事*1には「Twitterの使い方」として参考になる記述が分かりやすい形でまとめられているのですが、私はその「Twitterの使い方」について書かれた箇所よりも*2、この記事の締めの部分に大変共感致しました。

Twitterは様々な使い方が可能なので、そこで「チャットではない」とか、「挨拶とか邪魔なだけだ」とか、「必ず100人はフォローしなきゃいけない」とかいう主張をするのはあまり賢いことではないなぁと思いますね。人の数だけTwitterの使い方があると思うので、他人に特定の使い方を強いる言説には共感できません。色々な使い方ができることがTwitterの特徴でもあるので、その長所を頭ごなしに否定することには疑問を持ちます。


みんなが多種多様な使い方をしている場所なので、それらを上手く尊重しながら楽しくTwitterを使いたいものですね。「自分がこうしているからみんなもこうしたら?」ではなく「自分はこういう使い方をしています。あなたはそのような使い方をしているんですね。参考になりました」程度の認識でいいじゃないですか。そういう意味でも、ゆるーくTwitterを使え合えばいいと思います。

というわけで、私もこの流れに乗って自分なりのTwitterの利用の仕方でも晒してみよう…と思ったんですけど、最初に紹介したid:krim0824さんの記事に書かれた使い方がほぼ私の使い方と重なっているので、私は「Twitterをどう使っているのか」(How)ではなく、「なんでTwitterをしているのか?」(Why)というところに焦点を当てて書きたいと思います*3

「発言を一旦受け入れてもらえる場所」というのは(ある種の人にとって)希少且つ貴重な環境

「なんでTwitterをしているのか?」という命題に対する私の答えは、実はこの記事のタイトルで既に出している通り、「発言を一旦は受け入れてもらえるから」です。別の言い方で表現すると、「発言をしても即座には否定されないから」ということになります。

Twitterを使い始めたときからこんなことを考えていたわけではありません。しかし、Twitterを使い続けていくうち、この「発言を一旦は受け入れてもらえる」という点は私にとって非常に重要な要素であると感じるようになりました。

といっても、「『発言を一旦は受け入れてもらえる』ってどういうこと?」と思われる方は少なくないと思います。そして、私はそんな風に「自然に」思える人が心底うらやましいです。私が予想するに、「『発言を一旦は受け入れてもらえる』ってどういうこと?」と「自然に」思えるような人たちは、おそらく家庭環境をはじめとした周りの環境の中で、自分の発言を否定されるにしろ肯定されるにしろ、発言自体の存在を認められてきた、あるいは尊重されてきた人たちだと思うのです。乱暴に言ってしまえば、(自己肯定感が育つという意味で)恵まれた環境で育った人たちなんじゃないかなと思うわけです。

翻って私の場合はどうだったかというと、まあ、人並み以上の豊かさを持った環境で育ったとは思いますし、経済的にも平均以上に恵まれた家庭環境で育てられたことにはとても感謝しているのですが、何故か家庭において私は発言を否定される事が多く*4、私にとっては自己肯定感どころか自己否定感を養ってしまった家庭環境*5でした。

具体的にどう否定されてきたかということを書くのは差し障りがある部分も多いので詳述するのは控えますが、今現在の例で挙げるとするなら、「私が家庭の中で何か意見を言ったとしてもその意見が正しいか正しくないかは関係なく『無職のタダ飯喰らいのお前が言うな!』という反応をされ、私の意見が全て(←ここ重要)否定されることがある」*6というところでしょうか。

私が言った意見がたとえ世間話の類いに過ぎないものだったとしても、このようなことが起きる事はありました。私に限らず、そんな環境の中にいると、安心して発言することが出来なくなってしまうんですよね。いつも「これを言って大丈夫かな?」「言っても発言を否定されるんじゃないか?」とか普通の人がしなくていいような心配をしながら発言をする悪癖がついてしまうんだと私は思います。

こうなってしまった人はどうなるか? 私の場合、言いたくても言えない気持ちがネガティブな感情とともに身体の中で渦巻くようになって、そのネガティブな情動が自身の行動・言動に現れて周りと上手く噛み合なくなる事が多かったです。特に疲れていたり、体調が悪いときのように極限状態に近いときはその傾向が強く現れました*7

こういう状態になると、いわゆるネガティブスパイラルに陥りやすくなります。「発言を否定される」→「自分が否定されたように感じる」→「言いたいことを言わなくなるようになる」→「ネガティブな感情が渦巻き、時には行動に現れて周りと噛み合なくなる」→「発言を否定される」→(以下ループ)…というように。

このループを断ち切るには、一度どこかで「発言の正しさや自分の立場に関係なく、発言した事を受け入れてもらえる」という環境で発言をするということを積み上げる必要があると私は思います。しかし、上記のネガティブスパイラルに陥ってしまった人にとって、こんな環境に遭遇するのは結構困難です。つまり、この人たちにとって「発言を一旦受け入れてもらえる場所」というのは希少且つ貴重な環境なんです。そして、「Twitterはそんな希少且つ貴重な環境なんじゃないか」*8と私は思うわけです(←ああ、やっと本題に入れたよ&自分語り長ぇよ!というセルフツッコミ)。

「一旦受け入れられる」というのは「否定されないこと」や「肯定されること」では"ない"

私はTwitterを利用してから今まで、下らないことから比較的真面目なことなど、硬軟どちらの話題もTwitterに書き込んでいます。Twitterを利用した事が無い人にとっては「そんなことして何が楽しいの?」という疑問が浮かぶでしょうが、私にとってはそんなことは非常に楽しいです。それは、「どんな発言であったとしても膨大なタイムラインの中に存在できる(=一旦は受け入れてもらえる)から」です。

Twitterを利用している人は、色んな種類の話題を投稿しています。私が主にフォローしているのは「技術・ガジェット系」「アニメ系」に関わる話題を投稿している人(+その人たちがフォローしている人etc)ですが、その投稿の話題も様々です。ガチガチのプログラミングネタを書いている人もいれば、現実世界では絶対そんな事を言ってないだろ!とツッコミたくなるほど変態なことを書いている人、普通に今やっていることを書いている人もいれば、2ch的スラングをふんだんに使ってアニメを視聴しながら感想(と思しきもの)を投稿している人など、本当に様々です。要するに、どんな発言でも存在を認められていると言っても過言ではない*9という事ですね。

しかし、どんな発言でも存在を認められているというのは、「発言を肯定されること」を意味しません。「発言を否定されないこと」でもありません。発言を肯定も否定もされるわけではなく、ただそのままの形で存在できることを意味します。そして、Twitter

  • 「140文字という投稿制限」
  • 「タイムラインという概念」
  • 「様々なクラスタの存在」
  • 「フォロー/リムーブが比較的気軽にできる文化」

により、発言がただそのままの形で存在できることが、ブログなどに比べて格段に容易くできるようになっていると思います。

こういったTwitterが持つ「発言の自由度」は、自己否定感を育ててしまって発言することを躊躇するようになった人にとってかなり貴重です。それも、子供に比べて大人の場合はただでさえ「発言の自由度」が確保されている場所は少ないのですから、自己否定感を育ててしまったままでいる大人の方にとって、Twitterという空間はさながら「子供時代に遊んだ、大人の目が届かない秘密基地」*10が持つ魅力と似たものを備えているんじゃないでしょうか?

自己否定感が内在化してしまった人にとって、「発言がそのままの形で存在できるということ」はそれ自体が非常に価値のあることです。そして、Twitterはそんな価値のあることができる環境に(結果的にせよ)なっている - それが「なんでTwitterをしているのか?」という疑問に対する私なりの答えなんじゃないかと最近思うようになりました。

*1:この記事を知ったのははてなブックマークではなく、Twitterのおかげです。

*2:もちろんこの箇所も大変ためになり、共感した部分です。念のため。

*3:これはあくまで私の理由なので、参考までに。

*4:別にこれは私に瑕疵が無いという事を意味しません。むしろ、私にもかなりの原因があると今では思うようになりましたが、論旨を明快にするため、こういう書き方をしています。

*5:現在は十数年前と比べてかなり改善されてきましたので、個人的には嬉しいです。

*6:繰り返して書きますが、これも私に瑕疵がないという意味ではありません。今現在も無職なのは私にかなりの原因がありますが、これも論旨を明快にするためにこのような書き方をしています。

*7:色々やったためか、今現在では、その傾向は昔ほどは強くなくなったと思います。

*8:こうは言っていますが、精神的な回復手段にTwitterを利用するのは有用かどうかは分かりません。というのも、私がある程度立ち直ったのはTwitterを利用した事が主な理由ではないからです。

*9:といっても、犯罪を助長することとかは投稿してはいけないと思いますよ。私の見た限り、そんな人はいないですけどね。

*10:20世紀少年』的な感じですかね。